昨日のドラマでは板垣の箴言のシーンは見事だった。甘利の小山田とのやり取りも納得いくものだった。
ところで、信虎と言えば逍遥軒信廉の描いたと言われる絵画を思い出してしまう。
ちょっとギョロっとした風貌だ。
仲代さんの信虎もポーカーフェイスで目に特徴がある。
バブルの頃の「武田信玄」では平幹二郎さんが激しい気性を演じて見せてくれた。
伝えられている話では残酷な人だったという。
晴信クーデターを合理化するために作られた噂なのかどうかも私は知らない。きっと歴史の専門家が調査を重ね、事実とみなしてのことだろう。新田次郎にしても井上靖にしても小説なので脚色があるのはやむをえない。
が、初回に勝沼信友の死に対して
何も感情を示す場面が無かったのが気になるのだ。
酷い親の絵をわざわざ描いて残すだろうか。酷いことしても親は親ということか。信繁同様信綱も可愛がられたとすれば、弟の死に対し感情も何かあったはずだ。勝沼信友のあとはその子が後を継ぎ、断絶にもなっていなければ信虎の子に継がせたのでもない。。。らしい。
流れを信虎ではなく晴信、勘助に持ってゆくための「無」なのかもしれないが、少し勝沼氏が寂しい。
- 2007/01/22(月) 18:44:04|
- 大河ドラマ風林火山
-
| トラックバック:1
-
| コメント:0
孫子の旗は不動如山までで十分武田の象徴となったが、
あの孫子の一節の中で印象に残るのが
風林火山に含まれない其動如雷震だ。
動的な例えとしては侵掠如火に近いものがあるかもしれない。
なぜ印象に残るか自分でも良く分からないが、
源平争乱期の富士川の合戦に関する平家物語などの記述などが影響しているのかもしれない。武田信義・一條忠頼ら甲斐源氏の部隊に
鳥が反応してしまったといわれているが、
雷震とまではいかずとも凄かった様子は伺える。
甲府舞鶴城はその一條家にゆかりのある地で
一條小山城があった場所とされる。忠頼のあと一條の家から甘利を名乗るが、備前守虎泰はその末裔。
ドラマだと内心ゴリさんキターーーーという感じだが、いい配役だ。
板垣は忠頼の弟の家で、信方もその末裔。千葉真一さんの信方は今まで見た信方役でも個人的にかなり好印象だ。
ちなみに今復元中の舞鶴城主になったことがある柳沢吉保も
もとは一條家の分家と言われるが、忠頼の系ではなく、
後に一條を継いだ家から分かれた家。
一條家の研究を進めると南北朝期などを含め甲斐国の歴史に一歩近づけるのではなかろうか。
- 2007/01/15(月) 16:35:24|
- 大河ドラマ風林火山
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
子供のころ学校で感想文を書けといわれても面白かったとかしか書けなかった記憶がある。文章の勉強のはずが、そもそも感受性を刺激しないから言葉にもできなかった。そんな自分が昨日の第一回「風林火山」の感想を書くとこうなる。
井上靖の山本勘助は天才だ。こんなヤツいたら勝てないだろうな。原美濃守や板垣信方は凡庸なのではないのに、彼らがかすんでしまう設定だ。主人公というのはやはり凄くないとドラマにならんのか。糸冬
自分の頭は小学生並みだなぁ。
甲府にテレビを持って行ったら毎週見るだろう。けど、特別な勘助ファンではない。武田三代の時代でいい武将だなと思うのは、一條信龍、仁科盛信、馬場信春、山県昌景。典厩信繁。真田一族もすごい。と言うか武田家臣団凄すぎる。穴山梅雪が何を考えていたのか事実を知りたい気はする。
- 2007/01/08(月) 21:54:17|
- 大河ドラマ風林火山
-
| トラックバック:1
-
| コメント:0